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英語世間話、これ英語でどう言うの?

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「けじめをつける」は英語でどう表現されているか

2014年04月07日

 

 

またもや「けじめ」ということばが新聞紙上をにぎわしだしていた。

 

みんなの党の渡辺喜美代表による化粧品会社会長からの8億円借り入れ問題。与野党から、党内部からも政治家としての「けじめ」を求める声が広がりだしていた。と思ったら、それから数日で渡辺氏は党の代表を辞任した。一応の「けじめ」をつけて、幕引きをはかった。

 

東北の大震災時に、東京電力の清水正孝社長も「経営責任をとり、けじめをつける」と述べ、退任を発表した福島第1原子力発電所の事故の「けじめ」だった。事故発生から2か月後の2011年5月のことだった。

 

「けじめ」は、日本の政財界のトップの出処進退が問われるときの言葉だ。日本の言語文化のなかに深く根づいているといえるほど、頻繁に使われている。

 

「けじめをつける」の意味は二つある。大辞林 第三版によれば、①「区別をはっきりさせる」と②「過失や非難に対して明白なかたちで責任をとる」だ。

 

海外メディアの東京特派員たちも、日本の政治家や財界人が折につけて使う「けじめ」には関心を示し、報道してきた。

 

彼らの書く記事のほとんどが、「けじめ」をkejimeとローマ字表記している。そのあとで、kejimeの意味を自国の読者にわかるように説明している。日本的概念を書くときの決まりきった手法だ。

 

「けじめ」とは何かがよくわかっていると思ったのは、アメリカの経済紙「ウォールストリート・ジャーナル」のエリザベス・ルビフィエン(Elisabeth Rubinfien)記者だ。 

 

こんな風に説明している。

 

 

Japanese use the word "kejime" to describe the clean break with the past, by some decisive act, that the ruling party must make to recover public trust. (Elisabeth Rubinfien, "Nakasone Testimony Before Parliament On Scandal Fails to Allay Suspicions,"  Wall Street Journal  5/26/89)

与党が国民の信頼を回復しなければならないようなことがあると、なんらかの断固たる行動によってその過去のことと明確に決別する「けじめ」という言葉を日本人は使う。

 

 

「けじめ」とはthe clean break with the past by some decisive act(なんらかの断固とした行動による過去との明白な決別)と解説している。

 

これは、80年代末のリクルート事件の時に書かれた記事の一部だ。当時の中曽根康弘前首相や竹下登首相、宮沢喜一副総理・蔵相、安倍晋太郎自民党幹事長、渡辺美智雄自民党政調会長など政府・与党の首脳が絡んだリクルートコスモス社未公開株を政界大スキャンダルだった。

 

ルビフィエン記者のこの記述の前に次のように書いている。by some decisive acttaking responsibility(責任を取ること)だということを先に示唆しているのだ。

 

 

The question of taking responsibility has been a central one throughout the unfolding of the scandal. (Elisabeth Rubinfien, "Nakasone Testimony Before Parliament On Scandal Fails to Allay Suspicions," Wall Street Journal 5/26/89)

スキャンダルが拡大していくなか、責任をとることが中心的な問題だった。

 

 

もう一つ、感心したのは、イギリスの経済誌「エコノミスト」の次の記事で、kejimeとは「線引きするところにまで来ると、公的に犠牲になることを示し、過去の罪を許してもらうこと」という意味のことを書いている。91年7月6日付の無署名の記事だ。

 

 

This was meant to mark kejime, the point in the sand at which a line is drawn, a public sacrifice is offered and past transgressions are forgiven."Mudslide: The Effects of Japan's Securities Scandal Are Spreading," The Economist 7/6/91

これは、線が引かれるべき時に、公に犠牲になることを提示し、過去の罪が許される「けじめ」をつけることを意味した。

 

 

「ニューヨーク・タイムズ」のデイビッド・サンガー(DAVID E. SANGER)記者は「けじめ」とは「責任をとること」であると明確にして次のように書いていた。

 

 

This was widely seen as a maneuver by Mr.Noboru Takeshita and Shintaro Abe, the party's general secretary, to maintain behind-the-scenes control while publicly performing ''kejime,'' a taking of responsibility that has become as much a part of Japanese politics in recent days as campaigning through the streets in blaring soundtrucks.  (DAVID E. SANGER, "Few Cheer the New Japanese Leader," The New York Times 6/2/89)

これは、拡声器を付けたトラックの街宣と同じぐらい近年の日本政治の一部となった責任を取ることを意味する「けじめ」を公にしながら、舞台裏でのコントロールを維持していくために竹下登氏と党の幹事長の安倍晋太郎がとった策略だと広く見られた。

 

 

Thisは、リクルート事件の責任をとって竹下首相が辞任したことだ。

 

では、責任を取ると言う意味ではない「けじめ」、つまり「区別をはっきりさす」をどう訳すのが一番いいかというと、

draw the line がいい。

 

たとえば「あなたはどこかでけじめをつけなければならない」なら、

 

 

 You have to draw the line somewhere.

 

 

「~と~の間にはっきりとけじめをつける」なら

 

draw the line between business and pleasureだ。 たとえば、

 

 

「在宅勤務者のなかには、仕事と遊びのけじめをつけることができないものもいる」なら

 

Some teleworkers cannot draw the line between business and pleasure.

 

と表現できる。

 

また、少し言葉を補って

 

draw a clear dividing line between ... and ...

 

 

とすればより明確になる。

 

 

こうした表現の用例は多数ある。今、使われていることばだ。

 

「公私のけじめ」をつけるなら

 

 

draw a line between public and privateだ。

 

 

が、しかし、これは文脈によっては「官と民の間に線を引く」と言う意味でも使われている。どちらかといえば、こっちの方が多いような印象がある。

 

いずれにしても、士農工商という「けじめ」があり、支配階層の究極のけじめが「腹を切る」ことであった江戸時代のメンタリティが今の日本にまで綿々と生き続けているように見える。

 

だから、今後も「けじめ」を海外の人たちに英語で説明をしなければならないようなことは、起こり続けるに違いない。

 

(引野剛司/甲南女子大学教授 4/7/2014)

 

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